世紀末ウィーンのヒットチャート

世紀末ウィーンのヒットチャート(補足):リスト

前項(↓)につづいて、フォル・ジュルネでの講演の補足です。
今回の音楽祭全体のテーマは「タイタンたち」。ポスターにはブラームス、リスト、シェーンベルク、マーラー、リヒャルト・シュトラウスという5人の作曲家が描かれています。

講演では、ウィーン・フィルでとりわけ演奏頻度の高かった3人、ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームスについて具体的な曲目を確認し、一方でマーラーとR.シュトラウスについては指揮者としての演奏傾向などをご紹介しました。また、「タイタン」のうちベスト20に名前が出てこなかったシェーンベルクについて、その事情を考えてみました。

こうして話を進めた結果、演奏頻度で9位につけていたリストについては、ほとんど具体的な曲目に触れることがないまま終わってしまい、「リストはどうした」というご質問をいただくことになりました。内容を構成していくうえで配慮が足りなかったと反省しております。

1880年~1919年にウィーン・フィルが取り上げたリスト作品の上位は次の通りです。

1 交響詩《マゼッパ》 8
2 交響詩《前奏曲》 7
3 メフィスト・ワルツ 5
4 ピアノ協奏曲第1番 4
5 ファウスト交響曲 3
5 詩編18編 3

交響詩2曲が上位を占めているのは、この時代まだ「新ドイツ派の盟主リスト」というイメージが強かったということかもしれません。《前奏曲》は、今でもかろうじて標準的なレパートリーに残っていますが、《マゼッパ》はほとんど演奏されなくなりました。なぜそうなったのか、興味深いところです。

ちなみに私自身はリストの交響詩では《タッソー》が好きなのですが、残念ながらこの時期のウィーン・フィルでは2回しか演奏されていませんでした(; ;)。

世紀末ウィーンのヒットチャート(補足:ベートーヴェン)

今年もラ・フォル・ジュルネ音楽祭でお話をさせていただきました。その際、せっかくご質問いただきながら手元に資料データがなかったこともあって適切にお答えできなかった点がありましたので、この場を借りて補足させていただきます。

講演のタイトルは「世紀末ウィーンのヒットチャート」。具体的には、1880年から1919まで40年間のウィーン・フィルでどんな曲が演奏されたか、その回数を調べる、というものです。

作曲家の演奏回数ダントツ1位はベートーヴェンで40年間に306回。会場ではその上位の曲目を一覧でご覧いただきました。

1 交響曲第5番(運命) 24
2 交響曲第3番《英雄》 22
3 交響曲第7番 21
3 交響曲第9番 21
5 交響曲第8番 19
6 交響曲第4番 14
6 交響曲第6番 14
6 ヴァイオリン協奏曲 14
9 交響曲第1番 13
10 交響曲第2番 12
10 序曲《レオノーレ》第3番 12

これについていただいたご質問は、「ピアノ協奏曲」が出てこないが、何か事情があるのか、というものでした。これに関しては、特別な理由があるとは考えておりません。
その場では上記ベスト10(11曲)以外の曲をご紹介できませんでしたが、そのリストの下は次のようになっています。

12 序曲《レオノーレ》第2番 9
12 《エグモント》序曲 9
14 《プロメテウスの創造物》 8
14 《コリオラン》序曲 8
14 序曲《献堂式》 8
17 序曲《レオノーレ》第1番 6
17 《シュテファン王》序曲 6
17 《エグモント》付随音楽 6
20 ピアノ協奏曲第5番 5
20 ピアノ協奏曲第3番 5
22 《フィデリオ》序曲 4
22 序曲《命名祝日》 4
22 ピアノ協奏曲第4番 4

20位にピアノ協奏曲の5番(皇帝)と3番が同率で並び、その下に4番がつけています。
この3曲を合わせると計14回で、ヴァイオリン協奏曲と同数になります。
このデータから、私はベートーヴェンのピアノ協奏曲そのものの人気(需要)が少なかったわけではなく、同じくらい人気のある3曲でその需要が分散されたのだろう、と見ています。