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震災復興と音楽の力

ブログの更新が滞っているうちに、日本はえらいことになった。
東日本大震災。
まだその余波は続いている。

震災といえば、添田唖蝉坊の『復興節』を思い出す。
大正12年、関東大震災の焼け跡から生まれた、いわゆる壮士演歌の一つである。
息子の添田知道(さつき)が書き残した誕生にまつわるエピソードは心を打つ。

拙速の唄本が刷れて、私も糊口のこともあるので、近くへ演歌に出てみたときのことだ。日暮里の焼亡をのがれた地区とはいえ、夜は暗く死んだように沈みかえっている。そんな中で歌声をあげたりしたら、袋だたきにでもあうのではないか、そんな不安があった。とある横丁でうたいはじめると、忽ち、暗い家々からとび出してきた人々にかこまれた。しかしそれは、不安とは逆な、熱心に聞き入る人々であった。勢い歌う方にも身が入る。大歓迎で、持って出た百部の唄本がすぐに売切れて、妙な拍子抜けをした。
そして、どんな深沈の中でも、人々は音をもとめている、ということを知った。音。それは生命の律動。律動のない生命はない。律動の感応が、生命をおどらせる、ということだ。その音の質なり現れ方への考察はまた別の話として、根源的なところでこれを知った。人々は食の飢えもあるが、音にも飢えていたのだ。
                  (添田知道(さつき)『演歌の明治大正史』より)

どんな時でも人は音楽を求めている。こんな時だからこそ、音楽の律動が生命をおどらせる。音楽文化の末端にかかわるものとして、思い出すたびに心強くなるエピソードである。

『復興節』の詞はこんな風だ。

家は焼けても 江戸っ子の
意気は消えない見ておくれ アラマ オヤマ
忽ち並んだ バラックに
夜は寝ながらお月さま眺めて エーゾエーゾ
帝都復興 エーゾエーゾ

嬶が亭主に言うやうは
お前さんしっかりしておくれ アラマ オヤマ
今川焼さへ復興焼と
改名してるぢゃないかお前さんもしっかりして エーゾエーゾ
亭主復興 エーゾエーゾ

困難の時にもユーモアを忘れない。したたかな強さに満ちている。

時は流れて平成7年、阪神大震災。ロックバンド「ソウル・フラワー・ユニオン」の人たちが日頃のエレキ楽器ではなくアコースティックな楽器を携えてチンドン隊を作り、「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」として被災地でコンサートを行った。その時にも『復興節』が歌われた。そちらの歌詞は、引用すると何かとさしさわりがあるかもしれないので、Youtubeの映像を貼っておく(これはさしさわりないのか?)。

さて今回の大地震、町に『復興節』が響くのはいつだろうか。

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