« ベリオのシンフォニア | トップページ | ストリーミング »

歌舞伎十八番はみんなのもの

歌舞伎十八番というのは、7代目市川團十郎が選定した、市川宗家のお家芸だそうだ。もちろんある家のお家芸だからといって他の家の役者が演じてはいけないというものではなく、「勧進帳」などはさまざまな役者で見ることができる。だがその一方で「暫」のように、ずいぶん長い間市川宗家以外の役者が演じていないものもあるという。やはり遠慮のようなものがあるのだろうか。

だが、「歌舞伎十八番」の選定は1830年代。当然著作権などというものの及ぶはずもなく、完全なパブリックドメインである。何の遠慮があるものか。

この際、お家芸などというレッテルにとらわれず、誰でも遠慮無く上演できるようにすべきだろう。上演されなくなった演目の復興なども、市川家だけに委ねるのではなく、むしろ国立劇場のような第三者的立場の組織が企画して、いろんな才能に委ねればよい。

「暫」や「助六」は見たいけど、あの役者だけは避けたい、とか、ぜひこっちの役者で見たい、というようなことは当然あるだろう。歌舞伎は国家の共有財。誰もが自由に演じ、自由な選択のもとで鑑賞できて当然だ。

かつて上方で様々な楽家によって個々に伝承されていた雅楽の曲目が、天皇が東京に移るという文化の変動をきっかけに統一され、家の枠を超えた伝承システムが作られた。同じようなことが歌舞伎についても行われてよいのではないか。歌舞伎はみんなのものなのだから。

« ベリオのシンフォニア | トップページ | ストリーミング »

misc」カテゴリの記事