メッツマッハーのハルトマンと《悲愴》
メッツマッハーがハルトマンの交響曲第6番をやるというのでパルテノン多摩まで聴きに行ったら、新日フィルが期待以上の熱演、しかもチャイコの悲愴も思いがけない拾いものだったので(10月31日)、急遽サントリーホールの方も聴くことにした(11月2日)。こちらも良い演奏だった。
ハルトマンの6番を生で聴くのは、1981年のライトナーN響以来。当時のN響は、ともすれば救いようのないくらい気の抜けた演奏をすることがあったが、さすがにこの時は必死になってライトナーの棒に食らいつき、迫力のある演奏を聞かせてくれた。それから30年近く経って、ようやく再び巡り合えた訳だ。
新日フィルは、昔のN響よりも一層緊張度の高い、それでいて瞬間瞬間の幻想的で叙情的な響きにも欠けていない、良い演奏を聞かせてくれた。多少のアラもなくはなかったが、それ以上によくあの難曲をこなしたものだと感心する。特にヴィオラとファゴットの健闘を讃えたい。
それにしても、最初にブラームスの「悲劇的序曲」、真ん中にハルトマンを挟んで最後にチャイコフスキーの「悲愴」という組み合わせには、感心させられた。音楽自体の取り合わせもさりながら、表題を持たないハルトマンの6番が「悲劇的」と「悲愴」の間に置かれることで、曲を知らない人にも作品の性格がおのずと浮き彫りになるからだ。さすがメッツマッハー。
さすがといえば、オケの配置。ヴァイオリン2部を固めるのではなく、第1ヴァイオリンは下手(客席から見て左側)、第2ヴァイオリンは上手(右側)に配する、いわゆる両翼配置(対向配置)をとっているのだ(ちなみに第1ヴァイオリンの隣がチェロ、その後ろにコンバス。つまり低弦の音は普段と違って下手側から聞こえてくる)。この配置は20世紀初頭まで一般的だったが、その後弦楽器を高音から低音へと順に並べるストコフスキー流のやり方が主流になった(拙稿「オーケストラの楽器の並べ方」参照)。近年、モーツァルトなどの演奏の際にこの配置をとることは増えてきているが、19世紀後半以降のレパートリーについてはほとんど顧みられることがない。
だが、この両翼配置は、チャイコフスキーの「悲愴」には本来絶対必要なものなのだ。「悲愴」の終楽章は、弦楽器の悲痛な響きで始まるが、ここでチャイコフスキーは、旋律を一音ずつ、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンで交互に受け持たせる。
なぜそんなことをするかといえば、一つにはこの旋律を素直に流れよく演奏してもらいたくない、むしろ落ち着きの悪い雰囲気を出したいからであり、もう一つは、音像が1音ずつ左右に動くことで、聴き手に心の乱れを感じ取らせたいからである。「悲愴」の極みである絶望の想い、「俺はもうダメだ~っ」と頭を左右に振り乱す悲痛な心情を聴き手に伝えるために、チャイコフスキーはメロディーを左右のヴァイオリンに交互に演奏させるという、楽譜を書く上でも演奏する上でも面倒なことをわざわざやったのである。ところが現代では、この曲が両翼配置で演奏されることはめったにない。演奏会でも、また幾つものヴィデオ映像を見ても、たいていはストコフスキー流の現代的な配置をとっている。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが固まって同じ方向から聞こえてくるから、チャイコフスキーの意図は聴き手にちゃんと伝わらない。ヤンソンスもフェドセーエフも、小澤もデュトワも、みんな解ってない。おそらくアーノンクールやノリントンあたりが「悲愴」を演奏すればちゃんとやってくれるのだろうが、彼らはこの曲をとりあげない。誰かやってくれないものか、というのが長年の願いだった。それがようやくかなったのである。さすがメッツマッハー。
パルテノン多摩では、座席が下手の端に近かったため、せっかくの両翼配置の効果を十分に感じられなかった。わざわざもう一度サントリーに出向いたのは、それをもうちょっと中央寄りの席で確かめたかったからでもあった。残念ながら比較的中央に近いところとはいえ1階席の一番奥で、音像が中央にまとまりがちだったため今度も期待したほどの効果は感じられなかったというのが正直なところだが(ホールの響きが良すぎるのだ)、おそらく1階席中央付近で聞いている人たちには十分興味深い効果が感じられたのではないかと思う。メッツマッハーの特例ということでなく、この配置による「悲愴」の演奏がもっと普及すればよいのだが。
配置のことばかり書いたが、この「悲愴」は演奏の中身も素晴らしかった。ハルトマンの迫力がすごかっただけに、演奏会としては尻つぼみになるのではないかと心配したのだが、まったくの杞憂。オーケストラの人たちもハルトマンよりのびのびして(笑)、でもきっちりと締めるべきところは締め、メリハリの効いた「悲愴」が実現していた。
30年ぶりのハルトマンと貴重な「悲愴」体験をもたらしてくれた、メッツマッハーと新日フィルに感謝。メッツマッハーは来年10月にもう一度来るみたいだから、その時にもまたハルトマン、できれば今度は1番3番4番あたりをやってもらえると嬉しいなあ。
« ごあいさつ | トップページ | Replay Media Catcher 4 »
「好きなもの」カテゴリの記事
- Over the rainbow - What a wonderful world / Israel Kamakawiwoʻole(2011.03.26)
- What a wonderful world / Louis Armstrong(2011.03.26)
- 震災復興と音楽の力(2011.03.22)
- ケクラン「BACHの名による音楽の捧げもの」の映像(2011.01.10)
- ゴリホフ「マルコ受難曲」のビデオ(2010.12.28)